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弦楽四重奏曲第15番 (シューベルト) : ウィキペディア日本語版 | 弦楽四重奏曲第15番 (シューベルト)[げんがくよんじゅうそうきょくだい15ばん]
弦楽四重奏曲第15番 ト長調 D887 作品161は、フランツ・シューベルトが1826年に作曲した弦楽四重奏曲。シューベルトは2年後の1828年に没したため、このジャンルの最後の作品となり、出版は没後の1851年にディアベリ社から「作品161」として出されたため、遺作(生前に出版されなかった作品)となった。
==概要== 自筆譜に書き込まれた日付によれば、1826年の6月20日から30日にかけて作曲され、わずか10日間で書き上げられている。初演は1828年の3月26日にウィーンの「赤いはりねずみ館」で催された自作演奏会(シューベルト主催)にて、ヨーゼフ・ミヒャエル・ベーム、カール・ホルツ、フランツ・ヴァイス、ヨーゼフ・リンケらのメンバーによって第1楽章のみ演奏され、これが公開初演とされている(ただしこの日に演奏された作品には「新作」と記録されているものの、調性が書かれていないため、『死と乙女』である可能性が指摘されている)。全曲初演は作曲者没後の1850年の12月8日にウィーンでヨーゼフ・ヘルメスベルガー率いる弦楽四重奏団によって行われている。 また手稿のパート譜は1827年に作成されているが〔パート譜については友人のフランツ・ラハナーへ宛てた手紙の中で言及している(1827年3月5日付)。〕、そのパート譜は現在紛失しており、またそれが作曲者の手によるものかも不明である。 作風としては管弦楽的(ないしは交響的)な書法の導入が試みられ、トレモロ奏法やユニゾンの多用、音色効果、広い音域の使用といった発想はこれまでの弦楽四重奏曲には見らないものとなっている。
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